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日本の滝百選 大樽の滝

深い緑に囲まれ、幻想的な雰囲気を醸す大樽の滝は、落差34m、日本の滝百選にも選ばれた県下屈指の名瀑です。四季折々の趣きに富み、春には桜花と山ツツジ、夏は納涼に、また秋の紅葉も一段と美しく、訪れる人々の目を楽しませてくれます。大樽の滝の位置は市街地から約1.6㎞(おち駅から車で約15分)国道33号から桐見川方面の県道18号へ茶色の看板大樽の滝を目印に!県道から山道は狭いのでご注意ください。また、駐車場から徒歩で約500mの遊歩道は谷川の景色を眺めらなが子連れでも気軽に行けます。

     

大樽の滝 県道18号入り口 場所= https://goo.gl/maps/Xx5RqPW5NoQ2


大樽の滝へ行く場合は車のナビを大樽の滝にあわすと違う道を誘導する場合があります。県道18号から山道を入ると大樽の滝駐車場にいけます。茶色の看板を目印にお越しください。


県道18号からの山道は、道が狭いのでマイクロバスでも行けるようですがギリギリなのでお勧めしません。ハイエースロングまでなら大丈夫です。また、行き違いなどの場所少なくが道も狭いので対向車にご注意ください。

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Ootaru's waterfall

大樽の滝伝説
大樽の滝の主を襲った篠原の祖先
国主山内氏の家老職となって佐川(越知町の隣町)にきた土佐藩筆頭家老深尾公の足軽篠原与助がある日山中で狩猟をしていると、妖しい美女が現れ、面妖を感じた与助が銃を構えると美女はたちまち大猪となって突進してきた。与助が撃った八幡の菩薩弾の一発が命中した瞬間、辺りは暗闇と変じ、山を揺るがす轟音と共に金色に輝く長大な物体が逃げ出した。数十日後、与助は白骨となった大蛇を足蹴りにして通った。その夜与助は正体不明の大病を患って死んでしまった。その後も代々一族には不幸や災難が続出したと伝わる。篠原家ではそれ以降、毎年十一月には大蛇のウロコを祀ってお祭りをするようになった。「越知町史抜粋」


大樽の滝 概要

『越知町十景』の一つに入っていて、現在は「横倉山県立自然公園」の一部に指定されている。世界的な 植物学者・牧野富太郎博士も越知に来た際〔昭和9(1934)年8月2日(?)博士73歳の時の横倉山での植物採取会指導〕ここを訪れている。滝の本体は、地質学的には「三滝花崗岩(みたきかこうがん)」と呼ばれる4億年以上も前の古い花崗岩からできている。 坂折川を挟んだ北方の横倉山にもこれと同じ花崗岩が分布している


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